てやったにもかかわらず、だんだん気息《いき》が細って死んでしまった。……何しろ深い谷の底のことではあるし、堅雪にはなっていたが、上部《うわべ》の解けた所に踏みこむと胸まで埋まるくらい積もっているのだから、先生にはどうしていいか分らなかった。……とうとうそのえらあい若者は、日本服の改良を仕遂げないうちに、無残にも谷底へすべり落ちて死んでしまったんだ。なんぼう気の毒なことではないか」
醜《みにく》いほど血肥《ちぶと》りな、肉感的な、そしてヒステリカルに涙|脆《もろ》い渡井《わたらい》という十六になる女の生徒が、穢《きた》ない手拭を眼にあてあて聞いていたが、突然教室じゅうに聞こえわたるような啜泣《すすりな》きをやり始めた。その女の生徒は谷底で死んだというえらあい男を、自分の心の中で情人に仕立てあげてしまって、その死んだのを誠に自分の恋人の上のことのように痛み悲しんでいる……そうだなと柿江は直感すると、嫉妬《しっと》というのではないが、何か苦々しい感情を胸の中に湧き立たせた。男の生徒たちはおおっぴらに女の方を見やる機会を得て、等しく物好きらしい眼を、渡井のしゃくり上げる肩のところから、手拭の
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