、たしかにいつものとおりの着物を着て、それは情けなそうな顔つきはしていたけれど自分の顔に相違なかった。(おかしなことには他人の顔を見るように自分の顔をはっきりと見ることができた)……おぬいは家に留守をして私の帰るのを待っていますから、家にさえ帰れば会えるにきまっていますと母は平気であるけれども、それはとんでもない間違だということをおぬいは知り抜いていた。家に帰ってみてどれほど驚きもし悲みもするだろうと思うと、母が不憫《ふびん》でもあり残される自分がこの上もなくみじめだった。その不幸な気持には、おぬいが不断感じている実感が残りなく織りこまれていた。もし万一母を失うようなことがあったらどうしようと思うとおぬいはいつでも動悸《どうき》がとまるほどに途方に暮れるのだが、そのみじめさが切りこむように夢の中で逼《せま》ってきた。それからその夢の続きはただ恐ろしいということのほかにははっきりと思いだされない。おぬいが母を見ている前で、おぬいでないものにだんだん変っていくので、我を忘れてあせったようでもある。母がどんどん行ってしまうのであとを追いかけようとするけれども、二人の間にはガラスのかけらがうざ
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