うざ[#「うざうざ」に傍点]するほど積まれていて、脚を踏み入れると、それが磁石《じしゃく》に吸いつく鉄屑《てつくず》のように蹠《あうら》にささりこんだようでもある。
とにかくおぬいは死物狂いに苦しんだ。眼も見えないまでに心が乱れて、それと思わしい方に母恋しさの手を延ばしてすがり寄った。そして声を立ててひた泣きに泣いたのだった。
夢が覚めてよかったと安堵《あんど》するその下からもっと恐ろしい本物の不吉が、これから襲ってくるのではないかとも危ぶまれた。緑色の絹笠のかかったラムプは、海の底のような憂鬱《ゆううつ》な光を部屋の隅々まで送って、どこともしれない深さに沈んでいくようなおぬいの心をいやが上にも脅《おびや》かした。
おぬいは思わず肘《ひじ》を立てた。そしてそうすることが隠れている災難を眼の前に見せる結果になりはしないかと恐れ惑いながらも、小さな声で、
「お母さん」
と呼んでみないではいられなかった。十二時ごろ病家から帰ってきた母の寝息は少しもそのために乱れなかった。
もう一度呼んでみる勇気はおぬいにはなかった。自分の声におびえたように彼女はそっ[#「そっ」に傍点]と枕に頭をつ
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