いて貼ってあった。
純次は博文館の日記を開いて鉛筆で何か書いているらしかったが、もぞもぞと十四五字も書いたと思う間もなく、ぱたんとそれを伏せて、吐きだすごとく、
「かったいぼう」
とほざいて立ちあがった。そして手取り早く巻帯を解くと素裸かになって、ぼりぼりと背中を掻《か》いていたが、今まで着ていた衣物を前から羽織って、ラムプを消すやいなや、ひどい響を立てて床の中にもぐりこんだ。
純次はすぐ鼾《いびき》になっていた。
清逸の耳にはいつまでも単調な川音が聞こえつづけた。
* * *
何んという不愛想な人たちだろうと思って、婆やはまたハンケチを眼のところに持っていった。
上りの急行列車が長く横たわっているプラットフォームには、乗客と見送人が混雑して押し合っていた。
西山さんは機関車に近い三等の入口のところに、いつもとかわらない顔つきをしていつもとかわらない着物を着て立っていた。鳥打帽子の袴なしで。そのまわりを白官舎の書生さんをはじめ、十四五人の学生さんたちが取りまいて、一人が何かいうかと思うと、わーっわーっと高笑いを破裂させていた。夜学校から見送りに来たら
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