らねえ」
母がさすがに気をかねて、
「知らねえはずはあるめえさ」
と口添《くちぞ》えすると、純次は低能者に特有な殺気立った眼を母の額の辺に向けて、
「知らねえよ」
と言いながら持ち合わせた箸で食卓を二度たたいた。
大食の純次はまだ喰いつづけていたし、父はまだ飯にしないので、母も箸を取らずにいたが、清逸は熱感があって座に堪えないので、軽く二杯だけむりに喰うと、父の自慢の蓬茶《よもぎちゃ》という香ばかり高くて味の悪い蓬の熱い浸液《しんえき》をすすりこんで中座した。
純次の部屋にあててある入口の側の独立した三畳の小屋にはいってほっ[#「ほっ」に傍点]とした。母がつづいてはいってきた。丸々と肥えた背の低い母は、清逸を見上げるようにして不恰好に帯を揺りあげながら、
「やっぱりよくないとみえるね」
と心配を顔に現わしていってくれた。
「寒さが増してくるとどうしてもよくないさ。けれどもそんなにひどいことはない。熱があるようだから先に寝かしてもらいます」
「そだそだ、それがいいことだ」
そして純次の床を部屋の上《かみ》に、清逸の床を部屋の下《しも》にとったほど無智であるが、愛情の偏頗《へ
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