あられ》……北国に住み慣れた人は誰でも、この小賢《こざ》かしい冬の先駆の蹄《ひずめ》の音の淋しさを知っていよう。
白官舎の窓――西洋窓を格子のついた腰高窓に改造した――の多くは死人の眼のように暗かったが、東の端《はず》れの三つだけは光っていた。十二時少し前に、星野の部屋の戸がたてられて灯が消えた。間もなく西山と柿江とのいる部屋の破れ障子が開いて、西山がそこから頭を突きだして空を見上げながら、大きな声で柿江に何か物を言った。柿江が出てきて、西山と頭をならべた。二人は大きな声をたてて笑った。そして戸をたてた。灯が消えた。
二階の園の部屋は前から戸をたててあったが、その隙間から光が漏《も》れていた。針のように縦に細長い光が。
霰はいつか降りやんでいた。地の底に滅入《めい》りこむような寒い寂寞《せきばく》がじっと立ちすくんでいた。
農学校の大時計が一時をうち、二時をうち、三時をうった。遠い遠い所で遠吠えをする犬があった。そのころになって園の部屋の灯は消えた。
気づかれのした若い寡婦《かふ》ははじめて深い眠りに落ちた。
* * *
「おたけさんのクレオパトラの眼が
前へ
次へ
全255ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング