になりますの」
 とおとなしやかに答えた。Xはつねに滴り落ちている。しかしながら渡瀬は容易にそこに近寄れないのを知らねばならなかった。そして感歎のあまり、
「ふーむ、珍らしいな、奇体だなあ」
 と口に出してしまった。実際考えてみると、渡瀬が今まで交渉を持ったのは、多少の程度こそあれ男というものを知った娘ばかりだった。本当に男を知らない女性が、こんなに不思議なものを秘していようとはまったく思いもかけなかった。渡瀬にはその宝に触れてみる資格が取り上げられているようにさえみえた。彼は少しあっけに取られた。
「それでは始めていただきます」
 そうおぬいさんが凛々《りり》しく響くような声でいって、書物をぼんやりしかけた渡瀬の前にひろげたので渡瀬はようやく我に返った。おぬいさんの復習したのは、アーヴィングの「スケッチ・ブック」の中にある、ある甘ったるい失恋の場面を取りあつかったもので、渡瀬がこの前読んで聞かせた時には、くだらない夢のようなことを、男のくせによくこうのめのめ書いたものだと思ったのだが、今日おぬいさんがそれを復習しているのを聞いてみると、あながち夢のようなことには思えなかった。誰にもっ
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