取って、煤《すす》けきったような鈍重な眼を強度の近眼鏡の後ろから覗かせながら、含羞《はにか》むように、
「ライプチッヒから本が少しとどきましたから何んなら見にいらっしゃい」
と挨拶して、指の股を思い存分はだけた両手で外套をこすり続けながら忙しそうに行ってしまった。何んのこだわりもなく研究に没頭しきっているような後姿を見送りながら、園は何んとなく恥を覚えた。それは教授に向けられたのか、自分に向けられたのか、はっきりしないような曖昧なものであったが。
時計台のちょうど下にあたる処にしつらえられた玄関を出た。そこの石畳は一つ一つが踏みへらされて古い砥石《といし》のように彎曲《わんきょく》していた。時計のすぐ下には東北御巡遊の節、岩倉具視《いわくらともみ》が書いたという木の額が古ぼけたままかかっているのだ。「演武場」と書いてある。
芝生代りに校庭に植えられた牧草は、三番刈りの前でかなりの丈《た》けにはなっているが、一番刈りのとはちがって、茎が細々と痩せて、おりからのささやかな風にも揉まれるように靡《なび》いていた。そして空はまた雨にならんばかりに曇っていた。何んとなく荒涼とした感じが、も
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