う北国の自然には逼《せま》ってきていた。
園の手は自分でも気づかないうちに、外套と制服の釦《ボタン》をはずして、内|衣嚢《かくし》の中の星野から託された手紙に触れていた。表に「三隅ぬい様」、裏に「星野」とばかり書いてあるその封筒は、滑らかな西洋紙の触覚を手に伝えて、膚《はだ》ぬくみになっていた。園は淋しく思った。そして気がついてゆるみかかった歩度を早めた。
碁盤《ごばん》のように規則正しい広やかな札幌の往来を南に向いて歩いていった。ひとしきり明るかった夕方の光は、早くも藻巌山《もいわやま》の黒い姿に吸いこまれて、少し靄《もや》がかった空気は夕べを催すと吹いてくる微風に心持ち動くだけだった。店々にはすでに黄色く灯がともっていた。灯がともったその低い家並で挾まれた町筋を、仕事をなし終えたと思しい人々がかなり繁《しげ》く往来していた。道庁から退けてきた人、郵便局、裁判所を出た人、そう思わしい人人が弁当の包みを小脇に抱えて、園とすれちがったり、園に追いこされたりした。製麻会社、麦酒《ビール》会社からの帰りらしい職工の群れもいた。園はそれらの人の間を肩を張って歩くことができなかった。だから伏
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