がら座を立って二三歩入口の方に動かねばならなかった。しかしその瞬間に、しかけていた仕事のことを考えると、慌《あわ》てて立った所から上体を机の方に延ばして、手に触れるにまかせて原稿紙をかき集めた。そしてそれを大事に小脇にかかえて、板壁によりそいながら入口へとさぐり寄った。
部屋の中では純次が狂暴に泣きわめいていた。清逸は誰のともしれない下駄を突っかけて、身を切るような明け方近い空気の中に立った。
その時清逸はまたある一種の笑いの衝動を感じた。しかし彼の顔は笑ってはいなかった。
* * *
隣りの間で往診の支度をしていた母が、
「ぬいさん」
と言葉をかけた。おぬいはユニオンの第四読本からすぐ眼を放して、母のいる方に少し顔を向け気味にして、
「はい」
と答えたが、母はしばらく言葉をつがなかった。
「今日は渡瀬さんがいらっしゃる日ね」
やがてそういった。おぬいは母が何か胸に持ちながらものをいっているのをすぐ察することができた。
「あなたはあの方をどう思ってだえ」
おぬいがそうだと答えると、母はまたややしばらくしてからいった。
おぬいは変なことを尋ねられると
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