カ》風の規模と豊富だった木材とがその長屋を巌丈《がんじょう》な丈け高い南京|下見《したみ》の二階家に仕立てあげた。そしてそれが舶来の白ペンキで塗り上げられた。その後にできた掘立小屋のような柾葦《まさぶ》き家根の上にその建物は高々と聳《そび》えている。
けれども長い時間となげやりな家主の注意とが残りなくそれを蝕《むしば》んだ。ずり落ちた瓦《かわら》は軒に這い下り、そり返った下見板の木目と木節は鮫膚《さめはだ》の皺《しわ》や吹出物の跡のように、油気の抜けきった白ペンキの安白粉《やすおしろい》に汚なくまみれている。けれども夜になると、どんな闇の夜でもその建物は燐《りん》に漬《つ》けてあったようにほの青白く光る。それはまったく風化作用から来たある化学的の現象かもしれない。「白く塗られたる墓」という言葉が聖書にある……あれだ。
深い綿雲に閉ざされた闇の中を、霰《あられ》の群れが途切れては押し寄せ、途切れては押し寄せて、手稲山から白石の方へと秋さびた大原野を駈け通った。小躍《こおど》りするような音を夜更けた札幌の板屋根は反響したが、その音のけたたましさにも似ず、寂寞《せきばく》は深まった。霰《あられ》……北国に住み慣れた人は誰でも、この小賢《こざ》かしい冬の先駆の蹄《ひずめ》の音の淋しさを知っていよう。
白官舎の窓――西洋窓を格子のついた腰高窓に改造した――の多くは死人の眼のように暗かったが、東の端《はず》れの三つだけは光っていた。十二時少し前に、星野の部屋の戸がたてられて灯が消えた。間もなく西山と柿江とのいる部屋の破れ障子が開いて、西山がそこから頭を突きだして空を見上げながら、大きな声で柿江に何か物を言った。柿江が出てきて、西山と頭をならべた。二人は大きな声をたてて笑った。そして戸をたてた。灯が消えた。
二階の園の部屋は前から戸をたててあったが、その隙間から光が漏《も》れていた。針のように縦に細長い光が。
霰はいつか降りやんでいた。地の底に滅入《めい》りこむような寒い寂寞《せきばく》がじっと立ちすくんでいた。
農学校の大時計が一時をうち、二時をうち、三時をうった。遠い遠い所で遠吠えをする犬があった。そのころになって園の部屋の灯は消えた。
気づかれのした若い寡婦《かふ》ははじめて深い眠りに落ちた。
* * *
「おたけさんのクレオパトラの眼が
前へ
次へ
全128ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング