章のみ。文章は畢竟《ひっきょう》彼において何するところぞ。我れついに断じて窓を閉ず。翌、かの狗子《くし》命を我が窓下に絶ちぬ。
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ああ何んぞ独《ひと》り狗子を言わんや。自然の物を遇するすべてまさにこのごとし。我が茅屋の中つねにかの狗子にだに如《し》かざるものを絶たず。日夜の哭啾《こくしゅう》聞こえざるに聞こゆ。筆を折って世とともに濁波を挙げて笑いかつ生きんとしたること幾度なりしを知らざるは、たまたま我が耿々《こうこう》の志少なきを語るものにすぎずといえども、あるいは少しく兄の憐みを惹《ひ》くものなきにしもあらじ。しかも古人の蹟を一顧すれば、たちまち慚汗《ざんかん》の背に流るるを覚ゆ。貧窮《ひんきゅう》、病弱《びょうじゃく》、菲才《ひさい》、双肩《そうけん》を圧し来って、ややもすれば我れをして後《しり》えに瞠若《どうじゃく》たらしめんとすといえども、我れあえて心裡の牙兵を叱咤《しった》して死戦することを恐れじ。『折焚く柴の記と新井白石』はかろうじて稿を了《おわ》るに近し。試験を終らば兄は帰省せん。もししからば幸いに稿を携《たずさ》え去って、四宮霜嶺先生に示すの機会を求むるの労を惜しまざれ。先生にして我が平生|忖度《そんたく》するところのごとくんば、この稿によって一点|霊犀《れいさい》の相通ずるあるを認めん。我が東上の好機もまたこれによって光明を見るに至らんやも保しがたし。さらに兄に依嘱《いしょく》しえべくんば、我が小妹のために一顧を惜しまざれ。彼女は我が一家の犠羊《ぎよう》なり。兄の知れるごとく今小樽にありてつぶさに辛酸《しんさん》を嘗《な》めつつあり。もしさらに一二年を放置せば、心身ともに萎靡《いび》し終らんとす。坐視《ざし》するに忍びざるものあり。幸いにして東京に良家のあるありて、彼女のために適所を供さば、たんに心身の更生《こうせい》を僥倖《ぎょうこう》しうるのみならず、その生得《しょうとく》の才能を発揮するの機縁に遇いうるやも計るべからず。我が望むところは、彼女が東上して円山氏につき、勤労に服するのかたわら、現代的智識の一班に通ずるを得ば、きわめて幸いなり」
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園はこれだけのことを読む間にも、幾度も自家の方のありさまを想像していた。想像したというよりは自分がずっと育ってきた東京郊外の田舎じみた景色や、父、母、兄など
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