った。父がどうしてこんなになったのか、どう思ってみようもなかった。いくらなんにも知らないおせいにも、自分のような貧乏な、無学な、知り合いもないような人間を正妻に迎えるわけがないのは分りきっているのに、しらじらしい顔つきをして、自分の娘をごまかそうとするらしい父が邪慳《じゃけん》の鬼のようにも思えた。
「お前は何んでも世間の見るとおりに物を見ようとするからいけない。高利貸といえばすぐ鬼のような無慈悲な奴、妾を持つといえばすぐ※[#「けものへん+非」、314−上−2]々《ひひ》のような淫乱者、そう頭から決めてかかるんだが、そういちがいにはいえるもんじゃない。何んでも浅田の話では、見たところは小作りな、あれが評判の梶という人かと思うほど物わかりのいいやさしい人だということだ。それが合田さんの所でお前を二度ほど見かけて、ぜひということになったものらしい。お前がお茶でも持ってでた覚えはないかな。※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]《あご》の左の方にちょっと眼に立つほどの火傷のあとがあるそうだが……」
 おせいはそれを聞くと身がすくむようだった。体がかたくなった。肩が凝りきった時のように、頸筋《くびすじ》から背中がこわばって、血のめぐりが鈍く重く五体の奥の方だけを動くようで、それが胸のところを下の方から気味悪るく衝き上げた。眼界がだんだん狭まって、火鉢にかざされた、長い指の先がぶるぶる震えどおしている。皺《しわ》くちゃな父の両手だけが、切り放したようにぼんやり見えていた。「いつ私はその人に見られていたんだろう」と思うと、怖ろしさと無気味さに気息《いき》がとまった。
「お前見たことはないか」
「いいえ」
 おせいの眼は父の手から辷《すべ》り落ちて、膝の上に乗せてある自分の手の方に行った。涙にしとったハンケチを丸めてぎゅっと握りつめているそのかぼそい手も他人《ひと》の手のようだった。若様が自分の手の間に挾んで、やさしく撫でてくださろうとした手だ。それをむりにふり放した手だ。……涙がはらはらと彼女の眼から新しくこぼれでた。
 気まずい沈黙がそのあとに続いた。
 いっそ……ああ若様と私とは身分がちがう。
 すぐ見棄てられるにきまっている。その時の苦しさを思うとどうしても今までどおりにしているほかはない……といって、私はきっといつかは敗けてしまうに決っている……たとえ、見棄てられて
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