と小さな声で言います。
「天に在《ま》します神様――お助けください」
 とおかあさんはいのりました。
 と黒鳥の歌が松の木の間で聞こえるとともに馬どもはてんでんばらばらにどこかに行ってしまって、四囲《あたり》は元の静けさにかえりました。
 そこで二人は第二の門を通ってまた※[#「饌」の「しょくへん」に代えて「金」、第4水準2−91−37]《かきがね》をかけました。
 その先には作物を作らずに休ませておく畑があって、森の中よりもずっと熱い日がさしていました。灰色《はいいろ》の土塊《どかい》が長く幾畦《いくあぜ》にもなっているかと思うと、急にそれが動きだしたので、よく見ると羊《ひつじ》の群れの背《せ》が見えていたのでした。
 羊、その中にも小羊はおとなしいけものですが、雄羊《おひつじ》はいじめもしないのにむやみに人にかかるいたずらをするやつで、うっかりはしていられません。ところがその雄羊が一|匹《ぴき》小溝《こみぞ》を飛《と》び越《こ》えて道のまん中にやって来ました。しかして頭を下げたなりであとしざりをします。
「私こわいママ」
 と胸をどきつかせながらむすめが申します。
「めぐみ深い在天
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