前たちに何んといっていい現わすべきかを知らない。私の生命全体が涙を私の眼から搾《しぼ》り出したとでもいえばいいのか知らん。その時から生活の諸相が総《すべ》て眼の前で変ってしまった。
 お前たちの中《うち》最初にこの世の光を見たものは、このようにして世の光を見た。二番目も三番目も、生れように難易の差こそあれ、父と母とに与えた不思議な印象に変りはない。
 こうして若い夫婦はつぎつぎにお前たち三人の親となった。
 私はその頃心の中に色々な問題をあり余る程《ほど》持っていた。そして始終齷齪《あくせく》しながら何一つ自分を「満足」に近づけるような仕事をしていなかった。何事も独りで噛《か》みしめてみる私の性質として、表面《うわべ》には十人並みな生活を生活していながら、私の心はややともすると突き上げて来る不安にいらいらさせられた。ある時は結婚を悔いた。ある時はお前たちの誕生を悪《にく》んだ。何故自分の生活の旗色をもっと鮮明にしない中に結婚なぞをしたか。妻のある為めに後ろに引きずって行かれねばならぬ重みの幾つかを、何故好んで腰につけたのか。何故二人の肉慾の結果を天からの賜物《たまもの》のように思わねば
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