ならぬのか。家庭の建立《こんりゅう》に費す労力と精力とを自分は他に用うべきではなかったのか。
私は自分の心の乱れからお前たちの母上を屡々《しばしば》泣かせたり淋しがらせたりした。またお前たちを没義道《もぎどう》に取りあつかった。お前達が少し執念《しゅうね》く泣いたりいがんだりする声を聞くと、私は何か残虐な事をしないではいられなかった。原稿紙にでも向っていた時に、お前たちの母上が、小さな家事上の相談を持って来たり、お前たちが泣き騒いだりしたりすると、私は思わず机をたたいて立上ったりした。そして後ではたまらない淋しさに襲われるのを知りぬいていながら、激しい言葉を遣《つか》ったり、厳しい折檻《せっかん》をお前たちに加えたりした。
然し運命が私の我儘《わがまま》と無理解とを罰する時が来た。どうしてもお前達を子守《こもり》に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕許や、左右に臥《ふせ》らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々《ろくろく》熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度という恐ろしい熱を出してどっと床につい
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