ぐ又深い眠りに落ちてしまった。鼾《いびき》さえかいて安々と何事も忘れたように見えた。産婆も、後から駈けつけてくれた医者も、顔を見合わして吐息をつくばかりだった。医師は昏睡《こんすい》が来る度毎に何か非常の手段を用いようかと案じているらしかった。
昼過きになると戸外の吹雪は段々鎮《しず》まっていって、濃い雪雲から漏れる薄日の光が、窓にたまった雪に来てそっと戯《たわむ》れるまでになった。然し産室の中の人々にはますます重い不安の雲が蔽《おお》い被《かぶ》さった。医師は医師で、産婆は産婆で、私は私で、銘々《めいめい》の不安に捕われてしまった。その中で何等の危害をも感ぜぬらしく見えるのは、一番恐ろしい運命の淵《ふち》に臨んでいる産婦と胎児だけだった。二つの生命は昏々《こんこん》として死の方へ眠って行った。
丁度三時と思わしい時に――産気がついてから十二時間目に――夕を催す光の中で、最後と思わしい激しい陣痛が起った。肉の眼で恐ろしい夢でも見るように、産婦はかっ[#「かっ」に傍点]と瞼《まぶた》を開いて、あてどもなく一所《ひとところ》を睨《にら》みながら、苦しげというより、恐ろしげに顔をゆがめた
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