日向《ひなた》ぼっこをして楽しく二三時間を過ごすまでになった。
 どういう積りで運命がそんな小康を私たちに与えたのかそれは分らない。然し彼はどんな事があっても仕遂《しと》ぐべき事を仕遂げずにはおかなかった。その年が暮れに迫った頃お前達の母上は仮初《かりそめ》の風邪《かぜ》からぐんぐん悪い方へ向いて行った。そしてお前たちの中の一人も突然原因の解らない高熱に侵された。その病気の事を私は母上に知らせるのに忍びなかった。病児は病児で私を暫くも手放そうとはしなかった。お前達の母上からは私の無沙汰を責めて来た。私は遂《つい》に倒れた。病児と枕を並べて、今まで経験した事のない高熱の為めに呻《うめ》き苦しまねばならなかった。私の仕事? 私の仕事は私から千里も遠くに離れてしまった。それでも私はもう私を悔もうとはしなかった。お前たちの為めに最後まで戦おうとする熱意が病熱よりも高く私の胸の中で燃えているのみだった。
 正月早々悲劇の絶頂が到来した。お前たちの母上は自分の病気の真相を明《あ》かされねばならぬ羽目になった。そのむずかしい役目を勤めてくれた医師が帰って後の、お前たちの母上の顔を見た私の記憶は一生涯
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