私を駆り立てるだろう。真蒼《まっさお》な清々《すがすが》しい顔をして枕についたまま母上には冷たい覚悟を微笑に云わして静かに私を見た。そこには死に対する Resignation と共にお前たちに対する根強い執着がまざまざと刻まれていた。それは物|凄《すご》くさえあった。私は凄惨《せいさん》な感じに打たれて思わず眼を伏せてしまった。
愈々《いよいよ》H海岸の病院に入院する日が来た。お前たちの母上は全快しない限りは死ぬともお前たちに逢わない覚悟の臍《ほぞ》を堅めていた。二度とは着ないと思われる――そして実際着なかった――晴着《はれぎ》を着て座を立った母上は内外の母親の眼の前でさめざめと泣き崩れた。女ながらに気性の勝《すぐ》れて強いお前たちの母上は、私と二人だけいる場合でも泣顔などは見せた事がないといってもいい位だったのに、その時の涙は拭くあとからあとから流れ落ちた。その熱い涙はお前たちだけの尊い所有物だ。それは今は乾いてしまった。大空をわたる雲の一片となっているか、谷河の水の一滴となっているか、太洋《たいよう》の泡《あわ》の一つとなっているか、又は思いがけない人の涙堂に貯《たくわ》えられて
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