然し北国の寒さは私たち五人の暖みでは間に合わない程寒かった。私は一人の病人と頑是《がんぜ》ないお前たちとを労《いた》わりながら旅雁《りょがん》のように南を指して遁《のが》れなければならなくなった。
 それは初雪のどんどん降りしきる夜の事だった、お前たち三人を生んで育ててくれた土地を後《あと》にして旅に上ったのは。忘れる事の出来ないいくつかの顔は、暗い停車場のプラットフォームから私たちに名残《なご》りを惜しんだ。陰鬱な津軽海峡の海の色も後ろになった。東京まで付いて来てくれた一人の学生は、お前たちの中の一番小さい者を、母のように終夜抱き通していてくれた。そんな事を書けば限りがない。ともかく私たちは幸《さいわい》に怪我もなく、二日の物憂い旅の後に晩秋の東京に着いた。
 今までいた処とちがって、東京には沢山の親類や兄弟がいて、私たちの為めに深い同情を寄せてくれた。それは私にどれ程の力だったろう。お前たちの母上は程なくK海岸にささやかな貸別荘を借りて住む事になり、私たちは近所の旅館に宿を取って、そこから見舞いに通った。一時は病勢が非常に衰えたように見えた。お前たちと母上と私とは海岸の砂丘に行って
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