浮かして、両手をひっかく形にして、黙ったままでかかって来たから、僕はすきをねらってもう一度八っちゃんの団子鼻の所をひっかいてやった。そうしたら八っちゃんは暫《しばら》く顔中《かおじゅう》を変ちくりんにしていたが、いきなり尻をどんとついて僕の胸の所がどきんとするような大きな声で泣き出した。
 僕はいい気味で、もう一つ八っちゃんの頬ぺたをなぐりつけておいて、八っちゃんの足許《あしもと》にころげている碁石《ごいし》を大急ぎでひったくってやった。そうしたら部屋のむこうに日なたぼっこしながら衣物《きもの》を縫っていた婆《ばあ》やが、眼鏡《めがね》をかけた顔をこちらに向けて、上眼《うわめ》で睨《にら》みつけながら、
「また泣かせて、兄さん悪いじゃありませんか年かさのくせに」
 といったが、八っちゃんが足をばたばたやって死にそうに泣くものだから、いきなり立って来て八っちゃんを抱き上げた。婆やは八っちゃんにお乳を飲ませているものだから、いつでも八っちゃんの加勢をするんだ。そして、
「おおおお可哀《かあい》そうに何処《どこ》を。本当に悪い兄さんですね。あらこんなに眼の下を蚯蚓《みみず》ばれにして兄さん、
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