らなかつた。細長い橋を痩腕のやうに延ばして横になつてゐる町がかすかになつて川下に見えるばかりだつた。
 彼れはしんみり[#「しんみり」に傍点]した心になつてじつと[#「じつと」に傍点]それを見た。その町で人力車に乘らうとしたが蝦蟇口の中の錢が足りないのを恐れて乘らなかつた事をも思ひ出してゐた。
 彼れは彼れの大望と云ふ力に誘はれてそこまで來てゐるのだと云ふ事を更らに思つて見た。
 大望とは何だ。
 一つの意志だ。
 否、彼自身だ。
 そんなら何んで彼れは自身の前に躊躇するのだ。
 神か。
 彼れは頭に一撃を加へられたやうに頸をすくめてもう一度あたりを見まはした。
 つばな[#「つばな」に傍点]を野に取りに出て失望した記憶がふと浮んで來た。手にあまる程取つて歸つた翌日から三日ばかり雨が降つたので、外出せずにゐて出て行つて見ると、つばな[#「つばな」に傍点]は皆んなほうけてしまつてゐた。大望がほうけたら如何する。彼れは再び氣を取直して川上の方へ向き直りながら、かう心の中でつぶやいて、自分自身の胸に苦がい心持ちを瀉ぎ入れた。
 暫らく行くとちよろ[#「ちよろ」に傍点]/\としか水の流れない支
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