、自分でも氣付かずに、何時の間にか我れから案じ出した苦肉の策が、所謂彼れの大望なるものではないか。さう云ふ風な大望を眞額にふりかざして、平氣な顏をしてゐる輩は、いくらでもそこらにごろ[#「ごろ」に傍点]/\してゐるではないか。かすかながらこんな反省が彼れをなやます事は稀れではなかつた。
それにも係らず大望は彼れを捨てなかつた。彼れも大望が一番大切だつた。自分の生活が支離滅裂だと批難をされる時でも、大望を圓心にして輪を描いて見ると、自分の生活は何時でもその輪の外に出てゐる事はなかつた。さう云ふ事に氣がつくと急に勇ましくなつて、喜んで彼れは孤獨を迎へた。彼れは柔順になればなる程、親からも兄弟からも離れて行つた。妻や友人が自分を理解するしないと云ふやうな事は、てんで問題にならなくなつた。彼れ自身の他人に對する理解のなさ加減から考へると、他人の理解を期待すると云ふやうな事が卑劣極つた事に思はれた。段々と失つて來てゐた心の自由を、段々と囘復して行く滿足は、外に較べるものがなかつた。
空は薄曇つたまゝで、三日の間はつきり[#「はつきり」に傍点]した日の目を見せなかつたから、今日あたりは秋雨のや
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