うなうすら寒い細雨が降るのだらうと彼れは川上から川下にかけてずつと見渡して見た。萌えさかつた堤の青草は霧のやうな乳白色を含んで、河原の川柳はそよ風にざわ/\と騷いではゐたが、雨の脚はまだ何處にも見えなかつた。悒鬱な氣分が靜かにおごそかに彼れを壓倒しようと試みるらしかつた。彼れはそれを物ともせずに、しつかりした歩き方で堤の上を大跨に歩いた。後ろの方には細長い橋を痩せた腕のやうに出した小さな町が川にまたがつて物淋しく横はつてゐた。
行手の堤の蔭には不格好に尨大な黒ずんだ建物がごつちや[#「ごつちや」に傍点]になつて平らな麥畑の中に建つてゐた。近づいて見ると屠殺場だつた。その門の所に、肥つた四十恰好の女房と十二三のひよろり[#「ひよろり」に傍点]とした女の兒とが立つて此方を見てゐた。少女のヱプロンが恐ろしい程白かつた。堅く閉《しま》つた大きな門を背にして、二人は手をつないで彼れの近づくのを見守つてゐた。彼れは遠くからその二人を睨まへて歩いて行つた。程が段々近よつて、互の顏がいくらか見分けられるやうになると、二人は人違ひをしてゐたのに氣付いたらしく、吸ひ込まれるやうにそゝくさと木戸から這入つ
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