子もたいそうおおどろきになって、
「それは霜《しも》というもので――霜と言う声を聞くと燕は葦《あし》の言った事を思い出してぎょっとしました。葦はなんと言ったか覚えていますか――冬の来た証拠《しょうこ》だ、まあ自分とした事が自分の事にばかり取りまぎれていておまえの事を思わなかったのはじつに不埒《ふらち》であった。長々御世話になってありがたかったがもう私もこの世には用のないからだになったからナイルの方に一日も早く帰ってくれ。かれこれするうちに冬になるととてもおまえの生命は続かないから」
 としみじみおっしゃいました。燕はなんでいまさら王子をふりすてて行かれましょう。たとえこごえ死にに死にはするともここ一足《ひとあし》も動きませんと殊勝《しゅしょう》な事を申しましたが、王子は、
「そんなわからずやを言うものではない。おまえが今年《ことし》死ねばおまえと私の会えるのは今年限り。今日ナイルに帰ってまた来年おいで。そうすれば来年またここで会えるから」
 と事をわけて言い聞かせてくださいました。燕はそれもそうだ、
「そんなら王子様来年またお会い申しますから御無事でいらっしゃいまし。お目が御不自由で私
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