てやろうと思うけれども、第一私はここに立ったっきり歩く事ができない。おまえどうぞ私のからだの中から金をはぎとってそれをくわえて行って知れないようにあの窓から投げこんでくれまいか」
 とこういうたのみでした。燕は王子のありがたいお志に感じ入りはしましたが、このりっぱな王子から金をはぎ取る事はいかにも進みません。いろいろと躊躇《ちゅうちょ》しています。王子はしきりとおせきになります。しかたなく胸《むね》のあたりの一|枚《まい》をめくり起こしてそれを首尾《しゅび》よく寡婦《かふ》の窓から投げこみました。寡婦は仕事に身を入れているのでそれには気がつかず、やがて御飯時にしたくをしようと立ち上がった時、ぴかぴか光る金の延べ板を見つけ出した時の喜びはどんなでしたろう、神様のおめぐみをありがたくおしいただいてその晩は身になる御飯をいたしたのみでなく、長くとどこおっていたお寺のお布施《ふせ》も済ます事ができまして、涙《なみだ》を流して喜んだのであります。燕も何かたいへんよい事をしたように思っていそいそと王子のお肩にもどって来て今日《きょう》の始末をちくいち言上《ごんじょう》におよびました。
 次の朝燕は、今日こそはしたわしいナイル川に一日も早く帰ろうと思って羽毛《うもう》をつくろって羽ばたきをいたしますとまた王子がおよびになります。昨日《きのう》の事があったので燕は王子をこの上もないよいかたとしたっておりましたから、さっそく御返事をしますと王子のおっしゃるには、
「今日はあの東の方にある道のつきあたりに白い馬が荷車を引いて行く、あすこをごらん。そこに二人の小さな乞食《こじき》の子が寒むそうに立っているだろう。ああ、二人はもとは家《うち》の家来の子で、おとうさんもおかあさんもたいへんよいかたであったが、友だちの讒言《ざんげん》で扶持《ふち》にはなれて、二、三年病気をすると二人とも死んでしまったのだ、それであとに残された二人の小児はあんな乞食になってだれもかまう人がないけれども、もしここに金の延べ金があったら二人はそれを御殿《ごてん》に持って行くともとのとおり御家来にしてくださる約束《やくそく》がある。おまえきのどくだけれども私のからだからなるべく大きな金をはがしてそれを持って行ってくれまいか」
 燕はこの二人の乞食を見ますときのどくでたまらなくなりましたから、自分の事はわすれてしまって
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