王子の肩のあたりからできるだけ大きな金の板をはがして重そうにくわえて飛び出しました。二人の乞食は手をつなぎあって今日はどうして食おうと困《こう》じ果てています。燕は快活に二人のまわりを二、三度なぐさめるように飛びまわって、やがて二人の前に金の板を落としますと、二人はびっくりしてそれを拾い上げてしばらくながめていましたが、兄なる少年は思い出したようにそれを取上げて、これさえあれば御殿の勘当《かんどう》も許されるからと喜んで妹と手をひきつれて御殿の方に走って行くのを、しっかり見届けた上で、燕はいい事をしたと思って王子の肩に飛び帰って来て一部始終の物語をしてあげますと、王子もたいそうお喜びになってひとかたならず燕の心の親切なのをおほめになりました。
次の日も王子は燕の旅立ちをきのどくだがとお引き留めになっておっしゃるには、
「今日は北の方に行ってもらいたい。あの烏《からす》の風見《かざみ》のある屋根の高い家の中に一人の画家がいるはずだ。その人はたいそう腕《うで》のある人だけれどもだんだんに目が悪くなって、早く療治《りょうじ》をしないとめくらになって画家を廃《はい》さねばならなくなるから、どうか金を送って医者に行けるようにしてやりたい。おまえ今日も一つほねをおってくれまいか」
そこで燕はまた自分の事はわすれてしまって、今度は王子の背《せ》のあたりから金をめくってその方に飛んで行きましたが、画家は室内《なか》には火がなくてうす寒いので窓をしめ切って仕事をしていました。金の投げ入れようがありません。しかたなしに風見の烏に相談しますと、画家は燕が大すきで燕の顔さえ見ると何もかもわすれてしまって、そればかり見ているからおまえも目につくように窓の回りを飛び回ったらよかろうと教えてくれました。そこで燕は得たりとできるだけしなやかな飛びぶりをしてその窓の前を二、三べんあちらこちらに飛びますと、画家はやにわに面《おもて》をあげて、
「この寒いのに燕が来た」
と言うや否や窓を開いて首をつき出しながら燕の飛び方に見ほれています。燕は得たりかしこしとすきを窺《うかが》って例の金の板を部屋《へや》の中に投げこんでしまいました。画家の喜びは何にたとえましょう。天の助けがあるから自分は眼病をなおした上で無類の名画をかいて見せると勇み立って医師の所にかけつけて行きました。
王子も燕もはるかにこれ
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