の心は不安定の心だ。世界と我等の心は屡やうやく建立しかけた安定の礎から辷り落ちる。世界と我等とはあらん限りの失態を演ずる。この醜い蹉跌は永く我等の生活を支配するだらう。それでも構はない。我等はその混乱の中に生きよう。我等は恐れるに及ばない。我等にはその混乱の中にも統一を求める已み難い本能が潜んでゐて、決して消える事がないからだ。それで沢山だ。
 我等は生きよう。我等の周囲に迫つて来る死の諸相に対して極力戦はう。我等は肉体を健全にして死から救ふ為めにあらん限りの衛生を行はう。又社界をより健全な基礎の上に置く為めに、生活を安全にする為めにあらゆる改革を案出しよう。我等の魂を永久ならしめんためにあらゆる死の刺を滅ぼさう。
 我等がかく努力して死に打勝つた時、その時は焉ぞ知らん我等が死の来る道を最も夷らにした時なのだ。人はその時に運命と堅く握手するのだ。人はその時運命の片腕となつて、物々の相剋を安定に持ち来す運命の仕事を助けてゐるのだ。

     ○

 運命が冷酷なものなら、運命を圧倒してその先きまはりをする唯一つの道は、人がその本能の生の執着を育てゝ「大死」を早める事によつて、運命を出し
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