ならなかつたのだ。
何故だ。
○
それを私の考へなりに云つて見よう、それはある人々には余りに明白な事であらうけれども。
彼等は運命の心の徹底的な体験者であるのだ。運命が物と物との間の安定を最後の目的としたやうに、彼等も亦心と心との安定を最後の目的とする本能に燃えてゐた人達なのだ。彼等の表現が如何であれ、その本能の奥底を支配してゐた力は実に相剋から安定への一路だつたのだ。彼等は畢竟運命と同じ歩調もて歩み、同じリズムもて動いたのだ。
○
皮相の混乱から真相の整生へ、仮象の紛雑から実在の統一へ、物質生活の擾動から精神生活の粛約へ、醜から美へ、渾沌から秩序へ、憎から愛へ、迷ひから悟りへ、……即ち相剋から安定へ。
我等の歴史を見るがいゝ。我等の先覚者を見るがいゝ。又我等自身の心を見るがいゝ。凡てのよき事よき思ひは常に同一の方向に動いてゐるではないか。即ち相剋から安定へ……運命の眼睛の見詰めてゐる方へ。
○
だから我等は何を恐れ何を憚らう。運命は畢竟親切だ。
○
だから我等は恐れずに生きよう。我等の住む世界は不安定の世界だ。我等
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