絵具を恨みながら考えました。そうしたら、その日からジムの絵具がほしくってほしくってたまらなくなりました。けれども僕はなんだか臆病《おくびょう》になってパパにもママにも買って下さいと願う気になれないので、毎日々々その絵具のことを心の中で思いつづけるばかりで幾日か日がたちました。
 今ではいつの頃《ころ》だったか覚えてはいませんが秋だったのでしょう。葡萄《ぶどう》の実が熟していたのですから。天気は冬が来る前の秋によくあるように空の奥の奥まで見すかされそうに霽《は》れわたった日でした。僕達は先生と一緒に弁当をたべましたが、その楽しみな弁当の最中でも僕の心はなんだか落着かないで、その日の空とはうらはらに暗かったのです。僕は自分一人で考えこんでいました。誰《たれ》かが気がついて見たら、顔も屹度《きっと》青かったかも知れません。僕はジムの絵具がほしくってほしくってたまらなくなってしまったのです。胸が痛むほどほしくなってしまったのです。ジムは僕の胸の中で考えていることを知っているにちがいないと思って、そっとその顔を見ると、ジムはなんにも知らないように、面白そうに笑ったりして、わきに坐《すわ》っている
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