。けれどもあの透きとおるような海の藍色《あいいろ》と、白い帆前船などの水際《みずぎわ》近くに塗ってある洋紅色《ようこうしょく》とは、僕の持っている絵具《えのぐ》ではどうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。
 ふと僕は学校の友達の持っている西洋絵具を思い出しました。その友達は矢張《やはり》西洋人で、しかも僕より二つ位齢《とし》が上でしたから、身長《せい》は見上げるように大きい子でした。ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱の中に、十二|種《いろ》の絵具が小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚《びっくり》するほど美しいものでした。ジムは僕より身長《せい》が高いくせに、絵はずっと下手《へた》でした。それでもその絵具をぬると、下手な絵さえがなんだか見ちがえるように美しく見えるのです。僕はいつでもそれを羨《うらやま》しいと思っていました。あんな絵具さえあれば僕だって海の景色を本当に海に見えるように描《か》いて見せるのになあと、自分の悪い
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