ふと車が停《と》まって梶棒《かじぼう》がおろされたので葉子ははっ[#「はっ」に傍点]と夢|心地《ごこち》からわれに返った。恐ろしい吹き降りになっていた。車夫が片足で梶棒を踏まえて、風で車のよろめくのを防ぎながら、前幌《まえほろ》をはずしにかかると、まっ暗だった前方からかすかに光がもれて来た。頭の上ではざあざあと降りしきる雨の中に、荒海の潮騒《しおざい》のような物すごい響きが何か変事でもわいて起こりそうに聞こえていた。葉子は車を出ると風に吹き飛ばされそうになりながら、髪や新調の着物のぬれるのもかまわず空を仰いで見た。漆《うるし》を流したような雲で固くとざされた雲の中に、漆《うるし》よりも色濃くむらむらと立ち騒いでいるのは古い杉《すぎ》の木立《こだ》ちだった。花壇らしい竹垣《たけがき》の中の灌木《かんぼく》の類は枝先を地につけんばかりに吹きなびいて、枯れ葉が渦《うず》のようにばらばらと飛び回っていた。葉子はわれにもなくそこにべったり[#「べったり」に傍点]すわり込んでしまいたくなった。
「おい早くはいらんかよ、ぬれてしまうじゃないか」
倉地がランプの灯《ひ》をかばいつつ家の中からどなる
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