う充分。またいつか御恩返しのできる事もありましょう。……それではこれで御免くださいまし。お妹御《いもうとご》にもどうか着物のお礼をくれぐれもよろしく」
 少し泣き声になってそういいながら、葉子は女将《おかみ》とその妹|分《ぶん》にあたるという人に礼心《れいごころ》に置いて行こうとする米国製の二つの手携《てさ》げをしまいこんだ違《ちが》い棚《だな》をちょっと見やってそのまま座を立った。
 雨風のために夜はにぎやかな往来もさすがに人通りが絶え絶《だ》えだった。車に乗ろうとして空を見上げると、雲はそう濃くはかかっていないと見えて、新月の光がおぼろに空を明るくしている中をあらし模様の雲が恐ろしい勢いで走っていた。部屋《へや》の中の暖かさに引きかえて、湿気を充分に含んだ風は裾前《すそまえ》をあおってぞくぞくと膚に逼《せま》った。ばたばたと風になぶられる前幌《まえほろ》を車夫がかけようとしているすきから、女将《おかみ》がみずみずしい丸髷《まるまげ》を雨にも風にも思うまま打たせながら、女中のさしかざそうとする雨傘《あまがさ》の陰に隠れようともせず、何か車夫にいい聞かせているのが大事らしく見やられた。
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