までも葉子の心から離れなかった。夕闇《ゆうやみ》にまぎれた幌《ほろ》の中で葉子は幾度かハンケチを目にあてた。
 宿に着くころには葉子の心持ちは変わっていた。玄関にはいって見ると、女学校でなければ履《は》かれないような安|下駄《げた》のきたなくなったのが、お客や女中たちの気取った履《は》き物《もの》の中にまじって脱いであるのを見て、もう妹たちが来て待っているのを知った。さっそくに出迎えに出た女将《おかみ》に、今夜は倉地が帰って来たら他所《よそ》の部屋《へや》で寝るように用意をしておいてもらいたいと頼んで、静々《しずしず》と二階へ上がって行った。
 襖《ふすま》をあけて見ると二人の姉妹はぴったり[#「ぴったり」に傍点]とくっつき[#「くっつき」に傍点]合って泣いていた。人の足音を姉のそれだとは充分に知りながら、愛子のほうは泣き顔を見せるのが気まりが悪いふうで、振り向きもせずに一入《ひとしお》うなだれてしまったが、貞世のほうは葉子の姿を一目見るなり、はねるように立ち上がって激しく泣きながら葉子のふところに飛びこんで来た。葉子も思わず飛び立つように貞世を迎えて、長火鉢《ながひばち》のかたわらの
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