ずに物すごい笑顔《えがお》でことさららしく帳場にいる男にちょっと頭を下げて見せて、そのままふらふらと階子段《はしごだん》をのぼって行った。ここが倉地の部屋《へや》だというその襖《ふすま》の前に立った時には、葉子は泣き声に気がついて驚いたほど、われ知らずすすり上げて泣いていた。身の破滅、恋の破滅は今夜の今、そう思って荒々しく襖《ふすま》を開いた。
 部屋の中には案外にも倉地はいなかった。すみからすみまで片づいていて、倉地のあの強烈な膚の香《にお》いもさらに残ってはいなかった。葉子は思わずふらふらとよろけて、泣きやんで、部屋の中に倒れこみながらあたりを見回した。いるに違いないとひとり決《ぎ》めをした自分の妄想《もうそう》が破れたという気は少しも起こらないで、確かにいたものが突然溶けてしまうかどうかしたような気味の悪い不思議さに襲われた。葉子はすっかり[#「すっかり」に傍点]気抜けがして、髪も衣紋《えもん》も取り乱したまま横ずわりにすわったきりでぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]していた。
 あたりは深山のようにしーん[#「しーん」に傍点]としていた。ただ葉子の目の前をうるさく[#「うるさく」
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