いこけるようにぺちゃん[#「ぺちゃん」に傍点]とそこにすわり込んだ。三人は声を立てて笑った。
 と、女将《おかみ》は急にまじめに返って倉地に向かい、
 「こちらはきょうの報正新報を……」
 といいかけるのを、葉子はすばやく目でさえぎった。女将はあぶない土端場《どたんば》で踏みとどまった。倉地は酔眼を女将に向けながら、
 「何」
 と尻《しり》上がりに問い返した。
 「そう早耳を走らすとつんぼと間違えられますとさ」
 と女将《おかみ》は事もなげに受け流した。三人はまた声を立てて笑った。
 倉地と女将との間に一別以来のうわさ話がしばらくの間《あいだ》取りかわされてから、今度は倉地がまじめになった。そして葉子に向かってぶっきらぼう[#「ぶっきらぼう」に傍点]に、
 「お前もう寝ろ」
 といった。葉子は倉地と女将とをならべて一目見たばかりで、二人《ふたり》の間の潔白なのを見て取っていたし、自分が寝てあとの相談というても、今度の事件を上手《じょうず》にまとめようというについての相談だという事がのみ込めていたので、素直《すなお》に立って座をはずした。
 中の十畳を隔てた十六畳に二人の寝床は取ってあ
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