わ。あの時わたしは海でなければ聞けないような音楽を聞いていましたわ。陸《おか》の上にはあんな音楽は聞こうといったってありゃしない。おーい、おーい、おい、おい、おい、おーい……あれは何?」
 「なんだそれは」
 倉地は怪訝《けげん》な顔をして葉子を振り返った。
 「あの声」
 「どの」
 「海の声……人を呼ぶような……お互いで呼び合うような」
 「なんにも聞こえやせんじゃないか」
 「その時聞いたのよ……こんな浅い所では何が聞こえますものか」
 「おれは長年海の上で暮らしたが、そんな声は一度だって聞いた事はないわ」
 「そうお。不思議ね。音楽の耳のない人には聞こえないのかしら。……確かに聞こえましたよ、あの晩に……それは気味の悪いような物すごいような……いわばね、一緒になるべきはずなのに一緒になれなかった……その人たちが幾億万と海の底に集まっていて、銘々死にかけたような低い音で、おーい、おーいと呼び立てる、それが一緒になってあんなぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]した大きな声になるかと思うようなそんな気味の悪い声なの……どこかで今でもその声が聞こえるようよ」
 「木村がやっているのだろう」
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