」
「それがどうして?」
葉子は左の片|肘《ひじ》をちゃぶ[#「ちゃぶ」に傍点]台について、その指先で鬢《びん》のほつれをかき上げながら、平気な顔で正面から倉地を見返した。
「どうしてがあるか。おれは赤の他人におれの女を養わすほど腑抜《ふぬ》けではないんだ」
「まあ気の小さい」
葉子はなおも動《どう》じなかった。そこに婢《おんな》がはいって来たので話の腰が折られた。二人《ふたり》はしばらく黙っていた。
「おれはこれから竹柴《たけしば》へ行く。な、行こう」
「だって明朝困りますわ。わたしが留守だと妹たちが学校に行けないもの」
「一筆書いて学校なんざあ休んで留守をしろといってやれい」
葉子はもちろんちょっとそんな事をいって見ただけだった。妹たちの学校に行ったあとでも、苔香園《たいこうえん》の婆《ばあ》さんに言葉をかけておいて家を明ける事は常《つね》始終だった。ことにその夜は木村の事について倉地に合点させておくのが必要だと思ったのでいい出された時から一緒する下心《したごころ》ではあったのだ。葉子はそこにあったペンを取り上げて紙切れに走り書きをした。倉地が急病になったので介抱
前へ
次へ
全465ページ中181ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング