に狭いのを思った。愛子といわず貞世の上にも、自分の行跡がどんな影響を与えるかも考えずにはいられなかった。そこに貞世が、愛子がととのえた茶器をあぶなっかしい[#「あぶなっかしい」に傍点]手つきで、目八|分《ぶ》に持って来た。貞世はこの日さびしい家の内に幾人も客を迎える物珍しさに有頂天《うちょうてん》になっていたようだった。満面に偽りのない愛嬌《あいきょう》を見せながら、丁寧にぺっちゃん[#「ぺっちゃん」に傍点]とおじぎをした。そして顔にたれかかる黒髪を振り仰いで頭を振って後ろにさばきながら、岡を無邪気に見やって、姉のほうに寄り添うと大きな声で「どなた」と聞いた。
「一緒にお引き合わせしますからね、愛さんにもおいでなさいといっていらっしゃい」
二人《ふたり》だけが座に落ち付くと岡は涙ぐましいような顔をしてじっ[#「じっ」に傍点]と手あぶりの中を見込んでいた。葉子の思いなしかその顔にも少しやつれ[#「やつれ」に傍点]が見えるようだった。普通の男ならばたぶんさほどにも思わないに違いない家の中のいさくさ[#「いさくさ」に傍点]などに繊細すぎる神経をなやまして、それにつけても葉子の慰撫《いぶ》をことさらにあこがれていたらしい様子は、そんな事については一言《ひとこと》もいわないが、岡の顔にははっきり[#「はっきり」に傍点]と描かれているようだった。
「そんなにせい[#「せい」に傍点]たっていやよ貞《さあ》ちゃんは。せっかち[#「せっかち」に傍点]な人ねえ」
そう穏かにたしなめるらしい愛子の声が階下でした。
「でもそんなにおしゃれ[#「おしゃれ」に傍点]しなくったっていいわ。おねえ様が早くっておっしゃってよ」
無遠慮にこういう貞世の声もはっきり[#「はっきり」に傍点]聞こえた。葉子はほほえみながら岡を暖かく見やった。岡もさすがに笑いを宿《やど》した顔を上げたが、葉子と見かわすと急に頬《ほお》をぽっ[#「ぽっ」に傍点]と赤くして目を障子《しょうじ》のほうにそらしてしまった。手あぶりの縁《ふち》に置かれた手の先がかすかに震うのを葉子は見のがさなかった。
やがて妹たち二人が葉子の後ろに現われた。葉子はすわったまま手を後ろに回して、
「そんな人のお尻《しり》の所にすわって、もっとこっちにお出なさいな。……これが妹たちですの。どうかお友だちにしてくださいまし。お船で御一緒だった岡|一《はじめ》様。……愛さんあなたお知り申していないの……あの失礼ですがなんとおっしゃいますの、お従妹御《いとこご》さんのお名前は」
と岡に尋ねた。岡は言葉どおりに神経を転倒させていた。それはこの青年を非常に醜くかつ美しくして見せた。急いですわり直した居ずまいをすぐ意味もなくくずして、それをまた非常に後悔したらしい顔つきを見せたりした。
「は?」
「あのわたしどものうわさをなさったそのお嬢様のお名前は」
「あのやはり岡といいます」
「岡さんならお顔は存じ上げておりますわ。一つ上の級にいらっしゃいます」
愛子は少しも騒がずに、倉地に対した時と同じ調子でじっ[#「じっ」に傍点]と岡を見やりながら即座にこう答えた。その目は相変わらず淫蕩《いんとう》と見えるほど極端に純潔だった。純潔と見えるほど極端に淫蕩だった。岡は怖《お》じながらもその目から自分の目をそらす事ができないようにまとも[#「まとも」に傍点]に愛子を見て見る見る耳たぶまでをまっ赤《か》にしていた。葉子はそれを気取《けど》ると愛子に対していちだんの憎しみを感ぜずにはいられなかった。
「倉地さんは……」
岡は一路の逃げ道をようやく求め出したように葉子に目を転じた。
「倉地さん? たった今お帰りになったばかり惜しい事をしましてねえ。でもあなたこれからはちょく[#「ちょく」に傍点]ちょくいらしってくださいますわね。倉地さんもすぐお近所にお住まいですからいつかごいっしょに御飯でもいただきましょう。わたし日本に帰ってからこの家にお客様をお上げするのはきょうが始めてですのよ。ねえ貞《さあ》ちゃん。……ほんとうによく来てくださいました事。わたしとうから来ていただきたくってしようがなかったんですけれども、倉地さんからなんとかいって上げてくださるだろうと、そればかりを待っていたのですよ。わたしからお手紙を上げるのはいけませんもの(そこで葉子はわかってくださるでしょうというような優しい目つきを強い表情を添えて岡に送った)。木村からの手紙であなたの事はくわしく伺っていましたわ。いろいろお苦しい事がおありになるんですってね」
岡はそのころになってようやく自分を回復したようだった。しどろもどろ[#「しどろもどろ」に傍点]になった考えや言葉もやや整って見えた。愛子は一度しげしげと岡を見てしまってからは、決して二度とは
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