ぼうじま》のような影にして落としていた。色さまざまな桜の落ち葉が、日向《ひなた》では黄に紅《くれない》に、日影では樺《かば》に紫に庭をいろどっていた。いろどっているといえば菊の花もあちこちにしつけられていた。しかし一帯の趣味は葉子の喜ぶようなものではなかった。塵《ちり》一つさえないほど、貧しく見える瀟洒《しょうしゃ》な趣味か、どこにでも金銀がそのまま捨ててあるような驕奢《きょうしゃ》な趣味でなければ満足ができなかった。残ったのを捨てるのが惜しいとかもったいないとかいうような心持ちで、余計な石や植木などを入れ込んだらしい庭の造りかたを見たりすると、すぐさまむしり取って目にかからない所に投げ捨てたく思うのだった。その小庭を見ると葉子の心の中にはそれを自分の思うように造り変える計画がうずうずするほどわき上がって来た。
それから葉子は家の中をすみからすみまで見て回った。きのう玄関口に葉子を出迎えた女中が、戸を繰る音を聞きつけて、いち早く葉子の所に飛んで来たのを案内に立てた。十八九の小ぎれいな娘で、きびきびした気象らしいのに、いかにも蓮《はす》っ葉《ぱ》でない、主人を持てば主人思いに違いないのを葉子は一目で見ぬいて、これはいい人だと思った。それはやはり双鶴館の女将《おかみ》が周旋してよこした、宿に出入りの豆腐屋の娘だった。つや(彼女の名はつやといった)は階子段《はしごだん》下の玄関に続く六畳の茶の間から始めて、その隣の床の間付きの十二畳、それから十二畳と廊下を隔てて玄関とならぶ茶席|風《ふう》の六畳を案内し、廊下を通った突き当たりにある思いのほか手広い台所、風呂場《ふろば》を経て張り出しになっている六畳と四畳半(そこがこの家を建てた主人の居間となっていたらしく、すべての造作に特別な数寄《すき》が凝らしてあった)に行って、その雨戸を繰り明けて庭を見せた。そこの前栽は割合に荒れずにいて、ながめが美しかったが、葉子は垣根《かきね》越しに苔香園《たいこうえん》の母屋《おもや》の下の便所らしいきたない建て物の屋根を見つけて困ったものがあると思った。そのほかには台所のそばにつやの四畳半の部屋《へや》が西向きについていた。女中部屋を除いた五つの部屋はいずれもなげし[#「なげし」に傍点]付きになって、三つまでは床の間さえあるのに、どうして集めたものかとにかく掛け物なり置き物なりがちゃん[#
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