「ちゃん」に傍点]と飾られていた。家の造りや庭の様子などにはかなりの注文も相当の眼識も持ってはいたが、絵画や書の事になると葉子はおぞましくも鑑識の力がなかった。生まれつき機敏に働く才気のお陰で、見たり聞いたりした所から、美術を愛好する人々と膝《ひざ》をならべても、とにかくあまりぼろ[#「ぼろ」に傍点]らしいぼろ[#「ぼろ」に傍点]は出さなかったが、若い美術家などがほめる作品を見てもどこが優《すぐ》れてどこに美しさがあるのか葉子には少しも見当のつかない事があった。絵といわず字といわず、文学的の作物などに対しても葉子の頭はあわれなほど通俗的であるのを葉子は自分で知っていた。しかし葉子は自分の負けじ魂から自分の見方が凡俗だとは思いたくなかった。芸術家などいう連中には、骨董《こっとう》などをいじくって古味《ふるみ》というようなものをありがたがる風流人と共通したようなC取りがある。その似而非《えせ》気取りを葉子は幸いにも持ち合わしていないのだと決めていた。葉子はこの家に持ち込まれている幅物《ふくもの》を見て回っても、ほんとうの値打ちがどれほどのものだかさらに見当がつかなかった。ただあるべき所にそういう物のあることを満足に思った。
つやの部屋のきちんと手ぎわよく片づいているのや、二三日|空家《あきや》になっていたのにも係わらず、台所がきれいにふき掃除《そうじ》がされていて、布巾《ふきん》などが清々《すがすが》しくからからにかわかしてかけてあったりするのは一々葉子の目を快く刺激した。思ったより住まい勝手のいい家と、はきはきした清潔ずきな女中とを得た事がまず葉子の寝起きの心持ちをすがすがしくさせた。
葉子はつやのくんで出したちょうどいいかげんの湯で顔を洗って、軽く化粧をした。昨夜の事などは気にもかからないほど心は軽かった。葉子はその軽い心を抱きながら静かに二階に上がって行った。何とはなしに倉地に甘えたいような、わびたいような気持ちでそっ[#「そっ」に傍点]と襖《ふすま》を明けて見ると、あの強烈な倉地の膚の香《にお》いが暖かい空気に満たされて鼻をかすめて来た。葉子はわれにもなく駆けよって、仰向けに熟睡している倉地の上に羽《は》がいにのしかかった。
暗い中で倉地は目ざめたらしかった。そして黙ったまま葉子の髪や着物から花《か》べんのようにこぼれ落ちるなまめかしい香《かお》りを夢|心
前へ
次へ
全233ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング