たくもあったが、同時にしんみり[#「しんみり」に傍点]と一別以来の事などを語り合ってみたい気もした。いつか汽車の中であってこれが最後の対面だろうと思った、あの時からすると木部はずっ[#「ずっ」に傍点]とさばけた男らしくなっていた。その服装がいかにも生活の不規則なのと窮迫しているのを思わせると、葉子は親身《しんみ》な同情にそそられるのを拒む事ができなかった。
 倉地は四五歩|先立《さきだ》って、そのあとから葉子と木部とは間を隔てて並びながら、また弁慶|蟹《がに》のうざうざいる砂道を浜のほうに降りて行った。
 「あなたの事はたいていうわさや新聞で知っていましたよ……人間てものはおかしなもんですね。……わたしはあれから落伍者《らくごしゃ》です。何をしてみても成り立った事はありません。妻も子供も里《さと》に返してしまって今は一人《ひとり》でここに放浪しています。毎日|釣《つ》りをやってね……ああやって水の流れを見ていると、それでも晩飯の酒の肴《さかな》ぐらいなものは釣れて来ますよハヽヽヽヽ」
 木部はまたうつろに笑ったが、その笑いの響きが傷口にでも答えたように急に黙ってしまった。砂に食い込む二人《ふたり》の下駄《げた》の音だけが聞こえた。
 「しかしこれでいて全くの孤独でもありませんよ。ついこの間から知り合いになった男だが、砂山の砂の中に酒を埋《うず》めておいて、ぶらり[#「ぶらり」に傍点]とやって来てそれを飲んで酔うのを楽しみにしているのと知り合いになりましてね……そいつの人生観《ライフ・フィロソフィー》がばかにおもしろいんです。徹底した運命論者ですよ。酒をのんで運命論を吐くんです。まるで仙人《せんにん》ですよ」
 倉地はどんどん歩いて二人の話し声が耳に入らぬくらい遠ざかった。葉子は木部の口から例の感傷的な言葉が今出るか今出るかと思って待っていたけれども、木部にはいささかもそんなふうはなかった。笑いばかりでなく、すべてにうつろな感じがするほど無感情に見えた。
 「あなたはほんとうに今何をなさっていらっしゃいますの」
 と葉子は少し木部に近よって尋ねた。木部は近寄られただけ葉子から遠のいてまたうつろに笑った。
 「何をするもんですか。人間に何ができるもんですか。……もう春も末になりましたね」
 途轍《とてつ》もない言葉をしいてくっ付けて木部はそのよく光る目で葉子を見た。そし
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