ひょっこり」に傍点]目の前に木部の姿が現われ出た。葉子はその時はしかしすべてに対する身構えを充分にしてしまっていた。
 木部は少しばか丁寧なくらいに倉地に対して帽子を取ると、すぐ葉子に向いて、
 「不思議な所でお目にかかりましたね、しばらく」
 といった。一年前の木部から想像してどんな激情的な口調で呼びかけられるかもしれないとあやぶんでいた葉子は、案外冷淡な木部の態度に安心もし、不安も感じた。木部はどうかすると居直るような事をしかねない男だと葉子は兼ねて思っていたからだ。しかし木部という事を先方からいい出すまでは包めるだけ倉地には事実を包んでみようと思って、ただにこやかに、
 「こんな所でお目にかかろうとは……わたしもほんとうに驚いてしまいました。でもまあほんとうにお珍しい……ただいまこちらのほうにお住まいでございますの?」
 「住まうというほどもない……くすぶり[#「くすぶり」に傍点]こんでいますよハヽヽヽ」
 と木部はうつろに笑って、鍔《つば》の広い帽子を書生っぽらしく阿弥陀《あみだ》にかぶった。と思うとまた急いで取って、
 「あんな所からいきなり[#「いきなり」に傍点]飛び出して来てこうなれなれしく早月《さつき》さんにお話をしかけて変にお思いでしょうが、僕は下らんやくざ[#「やくざ」に傍点]者で、それでも元は早月家にはいろいろ御厄介《ごやっかい》になった男です。申し上げるほどの名もありませんから、まあ御覧のとおりのやつです。……どちらにおいでです」
 と倉地に向いていった。その小さな目には勝《すぐ》れた才気と、敗《ま》けぎらいらしい気象とがほとばしってはいたけれども、じじむさい顎《あご》ひげと、伸びるままに伸ばした髪の毛とで、葉子でなければその特長は見えないらしかった。倉地はどこの馬の骨かと思うような調子で、自分の名を名乗る事はもとよりせずに、軽く帽子を取って見せただけだった。そして、
 「光明寺のほうへでも行ってみようかと思ったのだが、川が渡れんで……この橋を行っても行かれますだろう」
 三人は橋のほうを振り返った。まっすぐな土堤道《どてみち》が白く山のきわまで続いていた。
 「行けますがね、それは浜伝いのほうが趣がありますよ。防風草《ぼうふ》でも摘みながらいらっしゃい。川も渡れます、御案内しましょう」
 といった。葉子は一時《いっとき》も早く木部からのがれ
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