にはっきり[#「はっきり」に傍点]ああ受け答えができるのは葉子にも意外だった。葉子は思わず愛子を見た。
 「はて、どこでね」
 倉地もいぶかしげにこう問い返した。愛子は下を向いたまま口をつぐんでしまった。そこにはかすかながら憎悪《ぞうお》の影がひらめいて過ぎたようだった。葉子はそれを見のがさなかった。
 「寝顔を見せた時にやはり彼女《あれ》は目をさましていたのだな。それをいうのかしらん」
 とも思った。倉地の顔にも思いかけずちょっとどぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]したらしい表情が浮かんだのを葉子は見た。
 「なあに……」激しく葉子は自分で自分を打ち消した。
 貞世は無邪気にも、この熊《くま》のような大きな男が親しみやすい遊び相手と見て取ったらしい。貞世がその日学校で見聞きして来た事などを例のとおり残らず姉に報告しようと、なんでも構わず、なんでも隠さず、いってのけるのに倉地が興に入って合槌《あいづち》を打つので、ここに移って来てから客の味を全く忘れていた貞世はうれしがって倉地を相手にしようとした。倉地はさんざん貞世と戯れて、昼近く立って行った。
 葉子は朝食がおそかったからといって、妹たちだけが昼食の膳《ぜん》についた。
 「倉地さんは今、ある会社をお立てになるのでいろいろ御相談事があるのだけれども、下宿ではまわりがやかましくって困るとおっしゃるから、これからいつでもここで御用をなさるようにいったから、きっとこれからもちょく[#「ちょく」に傍点]ちょくいらっしゃるだろうが、貞《さあ》ちゃん、きょうのように遊びのお相手にばかりしていてはだめよ。その代わり英語なんぞでわからない事があったらなんでもお聞きするといい、ねえさんよりいろいろの事をよく知っていらっしゃるから……それから愛さんは、これから倉地さんのお客様も見えるだろうから、そんな時には一々ねえさんのさしずを待たないではきはきお世話をして上げるのよ」
 と葉子はあらかじめ二人《ふたり》に釘《くぎ》をさした。
 妹たちが食事を終わって二人であと始末をしているとまた玄関の格子《こうし》が静かにあく音がした。
 貞世は葉子の所に飛んで来た。
 「おねえ様またお客様よ。きょうはずいぶんたくさんいらっしゃるわね。だれでしょう」
 と物珍しそうに玄関のほうに注意の耳をそばだてた。葉子もだれだろうといぶかった。ややしばらくして静か
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