貞世の髪はまた思いきって短くおかっぱ[#「おかっぱ」に傍点]に切りつめて、横のほうに深紅《しんく》のリボンが結んであった。それがこの才はじけた童女を、膝《ひざ》までぐらいな、わざと短く仕立てた袴と共に可憐《かれん》にもいたずらいたずらしく見せた。二人《ふたり》は寒さのために頬《ほお》をまっ紅《か》にして、目を少し涙ぐましていた。それがことさら二人に別々な可憐な趣《おもむき》を添えていた。
 葉子は少し改まって二人を火鉢《ひばち》の座から見やりながら、
 「お帰りなさい。きょうはいつもより早かったのね。……お部屋《へや》に行ってお包みをおいて袴《はかま》を取っていらっしゃい、その上でゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]お話しする事があるから……」
 二人の部屋からは貞世がひとりではしゃい[#「はしゃい」に傍点]でいる声がしばらくしていたが、やがて愛子は広い帯をふだん着《ぎ》と着かえた上にしめて、貞世は袴をぬいだだけで帰って来た。
 「さあここにいらっしゃい。(そういって葉子は妹たちを自分の身近にすわらせた)このお方《かた》がいつか双鶴館《そうかくかん》でおうわさした倉地さんなのよ。今まででも時々いらしったんだけれどもついにお目にかかるおりがなかったわね。これが愛子これが貞世です」
 そういいながら葉子は倉地のほうを向くともうくすぐったい[#「くすぐったい」に傍点]ような顔つきをせずにはいられなかった。倉地は渋い笑いを笑いながら案外まじめに、
 「お初に(といってちょっと頭を下げた)二人とも美しいねえ」
 そういって貞世の顔をちょっ[#「ちょっ」に傍点]と見てからじっ[#「じっ」に傍点]と目を愛子にさだめた。愛子は格別恥じる様子もなくその柔和な多恨な目を大きく見開いてまんじり[#「まんじり」に傍点]と倉地を見やっていた。それは男女の区別を知らぬ無邪気な目とも見えた。先天的に男というものを知りぬいてその心を試みようとする淫婦《いんぷ》の目とも見られない事はなかった。それほどその目は奇怪な無表情の表情を持っていた。

 「始めてお目にかかるが、愛子さんおいくつ」
 倉地はなお愛子を見やりながらこう尋ねた。
 「わたし始めてではございません。……いつぞやお目にかかりました」
 愛子は静かに目を伏せてはっきり[#「はっきり」に傍点]と無表情な声でこういった。愛子があの年ごろで男の前
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