「えゝ」
 と古藤は目も動かさずにぶっきらぼう[#「ぶっきらぼう」に傍点]に答えた。
 「それでもあなた」
 と葉子は切《せつ》なさそうに半ば起き上がって、
 「外面《うわつら》だけで人のする事をなんとかおっしゃるのは少し残酷ですわ。……いゝえね」
 と古藤の何かいい出そうとするのをさえぎって、今度はきっ[#「きっ」に傍点]とすわり直った。
 「わたしは泣き言《ごと》をいって他人様《ひとさま》にも泣いていただこうなんて、そんな事はこれんばかりも思やしませんとも……なるならどこかに大砲《おおづつ》のような大きな力の強い人がいて、その人が真剣に怒《おこ》って、葉子のような人非人《にんぴにん》はこうしてやるぞといって、わたしを押えつけて心臓でも頭でもくだけて飛んでしまうほど折檻《せっかん》をしてくれたらと思うんですの。どの人もどの人もちゃん[#「ちゃん」に傍点]と自分を忘れないで、いいかげんに怒《おこ》ったり、いいかげんに泣いたりしているんですからねえ。なんだってこう生温《なまぬる》いんでしょう。
 義一《ぎいち》さん(葉子が古藤をこう名で呼んだのはこの時が始めてだった)あなたがけさ、心《
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