とどまるように勧めて置いたといった。岡はさすがに育ちだけに事務長と葉子との間のいきさつ[#「いきさつ」に傍点]を想像に任せて、はした[#「はした」に傍点]なく木村に語る事はしなかったらしい。木村はその事についてはなんともいわなかった。葉子の期待は全くはずれてしまった。役者|下手《べた》なために、せっかくの芝居《しばい》が芝居にならずにしまった事を物足らなく思った。しかしこの事があってから岡の事が時々葉子の頭に浮かぶようになった。女にしてもみまほしいかの華車《きゃしゃ》な青春の姿がどうかするといとしい思い出となって、葉子の心のすみに潜むようになった。
 船がシヤトルに着いてから五六日たって、木村は田川夫妻にも面会する機会を造ったらしかった。そのころから木村は突然わき目にもそれと気が付くほど考え深くなって、ともすると葉子の言葉すら聞き落としてあわてたりする事があった。そしてある時とうとう一人《ひとり》胸の中には納めていられなくなったと見えて、
 「わたしにゃあなたがなぜあんな人と近しくするかわかりませんがね」
 と事務長の事をうわさのようにいった。葉子は少し腹部に痛みを覚えるのをことさら誇
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