てみたが、葉子はどこまでもいや[#「いや」に傍点]をいいとおすので、二人《ふたり》の間には時々危険な沈黙が続く事も珍しくなかった。葉子はしかし、いつでも手ぎわよくその場合場合をあやつって、それから甘い歓語を引き出すだけの機才《ウィット》を持ち合わしていたので、この一か月ほど見知らぬ人の間に立ちまじって、貧乏の屈辱を存分になめ尽くした木村は、見る見る温柔な葉子の言葉や表情に酔いしれるのだった。カリフォルニヤから来る水々しい葡萄《ぶどう》やバナナを器用な経木《きょうぎ》の小籃《こかご》に盛ったり、美しい花束を携えたりして、葉子の朝化粧《あさげしょう》がしまったかと思うころには木村が欠かさず尋ねて来た。そして毎日くどくどと興録に葉子の容態を聞きただした。興録はいいかげんな事をいって一日延ばしに延ばしているのでたまらなくなって木村が事務長に相談すると、事務長は興録よりもさらに要領を得ない受け答えをした、しかたなしに木村は途方に暮れて、また葉子に帰って来て泣きつくように上陸を迫るのであった。その毎日のいきさつ[#「いきさつ」に傍点]を夜になると葉子は事務長と話しあって笑いの種《たね》にした。
 
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