寄せながら、手紙に読みふける木村の表情には、時々苦痛や疑惑やの色が往《い》ったり来たりした。読み終わってからほっ[#「ほっ」に傍点]としたため息とともに木村は手紙を葉子に渡して、
「こんな事をいってよこしているんです。あなたに見せても構わないとあるから御覧なさい」
といった。葉子はべつに読みたくもなかったが、多少の好奇心も手伝うのでとにかく目を通して見た。
[#ここより引用文、本文より一字下げ]
「僕は今度ぐらい不思議な経験をなめた事はない。兄《けい》が去って後の葉子さんの一身に関して、責任を持つ事なんか、僕はしたいと思ってもできはしないが、もし明白にいわせてくれるなら、兄はまだ葉子さんの心を全然占領したものとは思われない」
「僕は女の心には全く触れた事がないといっていいほどの人間だが、もし僕の事実だと思う事が不幸にして事実だとすると、葉子さんの恋には――もしそんなのが恋といえるなら――だいぶ余裕があると思うね」
「これが女の tact というものかと思ったような事があった。しかし僕にはわからん」
「僕は若い女の前に行くと変にどぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]してしまってろく
前へ
次へ
全339ページ中293ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング