のはしたない言葉の中には交じっていた。開港場のがさつ[#「がさつ」に傍点]な卑しい調子は、すぐ葉子の神経にびり[#「びり」に傍点]びりと感じて来た。
 何しろ葉子は早く落ち付く所を見つけ出したかった。古藤は停車場の前方の川添いにある休憩所まで走って[#底本では「走つて」、22−18]行って見たが、帰って来るとぶり[#「ぶり」に傍点]ぶりして、駅夫あがりらしい茶店の主人は古藤の書生っぽ姿をいかにもばかにしたような断わりかたをしたといった。二人はしかたなくうるさく付きまつわる車夫を追い払いながら、潮の香の漂った濁った小さな運河を渡って、ある狭いきたない町の中ほどにある一軒の小さな旅人宿にはいって行った。横浜という所には似もつかぬような古風な外構《そとがま》えで、美濃紙《みのがみ》のくすぶり返った置き行燈《あんどん》には太い筆つきで相模屋《さがみや》と書いてあった。葉子はなんとなくその行燈に興味をひかれてしまっていた。いたずら好きなその心は、嘉永《かえい》ごろの浦賀《うらが》にでもあればありそうなこの旅籠屋《はたごや》に足を休めるのを恐ろしくおもしろく思った。店にしゃがんで、番頭と何か話して
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